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東京高等裁判所 平成6年(う)714号 判決 1996年1月31日

本店所在地

東京都港区高輪一丁目五番一九号

株式会社伝田工務店

(右代表者代表取締役 傳田博)

本籍

東京都大田区上池台四丁目五番

住居

同都港区高輪一丁目五番一九号

会社役員

傳田博

昭和五年七月二三日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、平成六年三月二八日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人両名から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官桐生哲雄出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人両名に対する原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人稲山惠久、同竹内俊文連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官桐生哲雄名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて、所論の当否について以下検討する。

第一不動産取引に関する事実誤認の主張について

論旨は、要するに、東京都世田谷区北沢三丁目九五三番一三所在の土地建物(以下「北沢物件」という)及び甲府市国母一丁目一一九三番の三所在の土地(以下「国母物件」という)の売買取引は被告人傳田博(以下「被告人」という)個人の取引であるのに、これを被告人株式会社伝田工務店(以下「被告会社」という)の取引であると認定し、その売却益が被告会社に帰属することを前提として被告会社の昭和六一年八月一日から六二年七月三一日までの事業年度(以下「昭和六二年七月期」という)の実際所得金額及び課税土地譲渡利益金額を認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

一  北沢物件について

北沢物件の取引については、以下の経過が関係証拠上明らかである。

(1)  被告人(株式会社代表者の立場であるか個人の立場であるかは暫く措く)は、被告会社の顧問弁護士から、同人の知人である田代よし子が所有する北沢物件が売りに出されていることを聞き、昭和六一年九月一九日代金八〇五〇万円で買受け、同年一〇月二四日これを住共不動産こと今井忠義に坪当たり四〇〇万円で総額一億円、土地の実測後代金額を清算する旨の特約付(結局、清算後の代金は八七八〇万円)で売却した。

(2)  田代と被告人は、交渉時にも契約締結時にも顔を合わせておらず、すべて顧問弁護士を通じて処理しており、一九日に、売買契約書が作成され、顧問弁護士から田代に対して額面八〇五〇万円の預金小切手が渡され、これと引き換えに田代から移転登記手続に必要な書類が渡されたが、売買契約書についてはその日付及び買主欄が、また、田代からの領収書については宛名欄が、被告人の意向によりいずれも空欄とされた。

(3)  被告人は、今井との売買契約書に売主として被告人個人名で署名して個人用の印鑑を捺印し、今井からの売買代金の領収書にも被告人個人名を用いており、移転登記手続は、中間省略により田代から今井へ直接されている。

(4)  購入資金については、昭和六一年九月三日に三和銀行三田支店の被告人名義の口座に入金されていた被告会社所有の浅草三丁目物件の売上金の一部である三億二六七〇万円のうちの三億一三〇〇万円が同月一七日に住友銀行高輪支店の被告会社の口座へ振替えられ、これによって組まれた同支店振出の預手で支払われた。

(5)  売却代金のうち、契約日の一〇月二四日に受領した二〇〇〇万円及び一二月二六日に受領した残金六七八〇万円のうちの一七八〇万円は住友銀行高輪支店の被告人名義の口座に入金され、これらのうちのほとんどは後日被告会社の口座に振替えられており、五〇〇〇万円については同支店で被告人名義の定期預金(後記第二の二の(3))が設定されている。

(6)  売主の田代は、売買契約書の白地部分を気にかけ、間に入った右顧問弁護士を通じて度々白地の補充を求めていたところ、被告人は同年一二月中旬に至ってようやく買主欄に被告人個人名を補充し、その契約書の写しを田代に送付した。

(7)  その後、被告人は、田代との売買に仲介者がいたかのような内容の売買契約書を偽造して、架空の仲介手数料二四一万円の領収書を用意し、また、売却した際の仲介手数料一五〇万円の領収書を二六三万円に水増しした領収書と差し替えさせて架空経費を計上した上、昭和六二年三月一六日後記の国母物件と併せて被告人個人の所得税確定申告書を提出した。

原判決は、右の一連の経緯のうち、被告会社の口座の資金が購入資金の原資となっているという(4)の事情を重視し、かつ、会社の資金を一時個人で借入れたものであるという被告人の主張を排斥し、「他に特段の事情がないかぎり被告会社が買い受けたと認定すべきところ、被告人が被告会社から右買受資金を借り受けたことを窺わせる事情や契約書等の裏付書類は一切なく、また契約時に被告人個人を買受人と表示するなど特段の事情はまったくない」と説示している。

しかしながら、本件において特徴的なことは、右(7)のように、被告人が、経費の過大計上を伴うとはいえ、本件取引を自己の取引であって、その売却益が個人に帰属するとして、国母物件と併せて、昭和六二年三月一五日の法定申告期限の翌日である同月一六日に所得税の確定申告書を提出していることである。たしかに、所得の真の帰属者が、課税を免れるために他の名義を借用し、税務当局の把握を困難にさせることもあるが、契約の当事者として対外的に名義を出している者が、自ら自己の所得に帰属するとして納税義務があることを自認して申告している場合に、その者が単なる名義人であって、真実収益を享受するのは別の者であると断定するには、相当の説得力のある事情が認められなければならない。

そこで右の事情の有無を検討すると、被告会社は、資本金一〇〇万円全部を被告人が出資しており、妻をはじめ他の役員はいずれも名目的な者で、数名の従業員がいるもののもっぱら被告人のみが資金を管理し、実質的な決定権を有して取り仕切ってきた会社であり、また、経理体制も杜撰で、被告人個人と会社の区別が明確にされていなかったことが関係証拠上明らかである。このような杜撰な実態は、それ自体非難に値し、また、その実態が明確にされていない以上、原資の帰属者などの外形的事実に即した課税上の取扱いを受けてもやむを得ない場合があるとはいうものの、被告会社から被告人個人に対する、あるいは被告人から被告会社に対する資金の融通について明確な書類が残されていないということを以て相互の資金の融通はないと断定することには疑問がある。現に、後に検討するように、株式取引においては、被告人から被告会社への資金の融通と認めるべき移動がかなり存在している。この点について、被告人は、一時的に被告会社から本件の買受代金八〇五〇万円を借用して代金の支払をし、その後被告人個人において、三和銀行三田支店から昭和六一年一〇月一三日に三〇〇〇万円、同月一六日に五五〇〇万円の合計八五〇〇万円を借入れ(この被告人個人名義による借入が被告会社の借入であると断定することができないことは後に検討するとおりである)、同月一六日その中から八二〇〇万円を住友銀行高輪支店の被告会社の口座に振り込んで返済したと供述しており、また、関係証拠上右のような借入及び口座間の移動が認められるところ、その時期及び金額、さらには、もし被告会社の取引であるなら、このような新たな借入で補填するまでもなく浅草三丁目物件の売却代金を購入資金に充てたことのみで対処し得たと推認できることなどからすると、右供述を排斥し去ることはできない。

また、たしかに、当初売買契約書の買主欄は空白になっており、空白とした理由についての被告人の供述にも一貫性がない。しかし、被告会社においては、本件取引があったのと同じ事業年度に、不動産の仕入れ及び売却に当たり売買契約書に被告会社名を明示し、あるいは登記簿上にも被告会社名を出すなどしてかなり活発な事業活動をしていながら(原審記録八-八九六)、被告人には法人税の確定申告をする意思がなく、現に無申告で済ませた経緯があるのであって、もし本件取引が真実被告会社の取引であれば、個人名義を偽るまでもなく、他物件と同様の扱いをして無申告のまま放置することができたと思われる。また、本件当時の不動産取引に関する税制からみても、被告会社の取引のうち特に二件のみを個人で申告することに積極的なメリットがあったとも窺われない。それにもかかわらず被告会社名義ではなく、あえて個人名義を選択しているところからすると、この取引は被告人個人としての取引であったという被告人の公判段階の供述を排斥することはできない。この点に関連して、原判決は、国母物件と併せて所得税の確定申告をしたことにつき、「右は所轄税務署から『お尋ね』の書面が送られてきたため放置もできず、かつ被告会社が宅地建物取引業の免許のないまま業務として行った取引であることから、やむなく両物件に限り、多額の架空、水増経費を計上した上、……所得税確定申告をして実体を糊塗し」たと説示している。しかしながら、売主に対して、事後ではあるが買主として被告人個人名を明らかにし、また、転売先の今井に対しても被告人個人名を出した以上、税務当局に被告人個人の取引であると捕捉され、その後に「お尋ね」の書面が来る(被告人は、当審公判廷において、書面が来たのは昭和六二年に入ってからであると供述している)ことは当然予想されたことであるから、ここでは、それにもかかわらず被告会社名ではなく敢えて被告人個人名を明らかにしたことをむしろ重視すべきである。そうすると、被告人には申告するつもりがなかったのに「お尋ね」の書面が来たためにやむなく申告せざるを得なくなったと断定することにも疑問が残る。

また、原判決は、「北沢物件は、被告会社が転売利益を求めて買付けに入ったものであり、東急不動産への転売は失敗したものの、買受けと同時に売却先を探し、一か月余の後に転売利益を得ている」と説示して、被告会社の取引であると認めることの一つの理由としている。たしかに、当初から転売を意図していたということであれば、取引の主体が被告人個人ではなく被告会社であるという結論に結びつきやすい。しかしながら他方、本件当時の世間一般の不動産取引の実情などからすれば、転売目的ということが取引の主体が個人であることを排斥する事情でなかったことも明らかである。そして、たしかに現実には購入後短期間の後に転売しており、また、早い時期に被告人から転売先を探すように依頼されていた旨供述する者もいるけれども(原審記録三一二九八)、被告人は、本件取引が被告会社の取引であると自白している検察官に対する供述調書(乙五)においてすら、購入の動機は自宅を建てようと思ったからである旨具体的かつ詳細に供述している。また、証人瀧上正夫及び被告人は、原審公判廷において、当初、被告会社が売主側の仲介人として、東急不動産が買主かあるいは買主側の仲介人として関与する前提で交渉を進めていたところ、値段が折り合わないために御破算になり、その後に買取りの話が出たもので、被告会社が売却先を探して仲介として関与する当初の段階とは連続性がない旨供述している(原審記録一五-四〇、二〇一、一六六)。こうした点に照らすと、購入目的に関する被告人の供述を全面的に排斥することは相当でない。

さらに、原判決は、「田代からの再三にわたる契約書の白地補充の要請を無視し続けたこと」に注目し、「被告人は、買受時には契約書の買主欄を白地としたままで転売し、売上利益を秘匿しようとしていたものと推認できる」とする。たしかに被告人は田代からの要請になかなか応じなかったけれども、このことは本件取引の主体が被告会社か被告人個人かということと直接結び付くことではなく、仮に買受けた当時の被告人の意思が右説示のとおりであるとしても、その意思を貫こうとすれば先に指摘したようにむしろ売買契約書の買主欄に被告会社名を記入することで足りたはずである。したがって、原判決の右の指摘も取引の主体を判定する上であまり意味を持つことではない。

また、被告人は、検察官に対する供述調書(乙五など)において本件取引が被告会社の取引であると自白してはいるものの、右自白は、取引の具体的経過についての供述部分との結び付きが弱い結論のみを認めるものであって、唐突の感を免れない。

以上の諸点に照らすと、本件取引を被告会社の取引であると断定することには合理的な疑いがあり、これを被告会社の取引であるとした原判決の認定は誤りであるといわざるを得ない。

二  国母物件について

国母物件の取引については、以下の経過が関係証拠上明らかである。

(1)  被告人(被告会社代表者の立場であるか個人の立場であるかは暫く措く)は、不動産業者の株式会社日昇(以下「日昇」という)の寳福由秀が仲介に失敗して責任を感じて早急に買主を探していた立石管工業株式会社(以下「立石管工業」という)所有の国母物件について、寳福からの買受け依頼を承諾し、昭和六一年一月二一日代金一億三一六四万七五〇〇円で買受けた。その後被告人は、寳福に転売先を探すように指示していたところ、同年一一月六日同人の仲介で株式会社喜久地商事(以下「喜久地商事」という)に代金一億六〇九〇万二五〇〇円で売却した。

(2)  右の取引に当たり、被告人は、実質は仲介の立場にあった日昇を立石管工業と喜久地商事との間にダミーとして介在させるため、立石管工業と日昇の間及び日昇と喜久地商事の間の各売買契約書が存在する。また、後日、被告人の要請により日昇と被告人との間の売買契約書が作成され、同年八月五日立石管工業から被告人名義に、一二月八日に被告人から喜久地商事名義にそれぞれ移転登記手続がされている。

(3)  購入資金については、一月二一日に支払われた一億円は、その前日に被告会社が三和銀行三田支店から融資を受けたものであり、二月八日に支払われた残金三一六四万七五〇〇円は、被告会社が三和銀行三田支店から融資を受けたもの、被告会社の取引先である三進建設工業株式会社及び正和総合株式会社から三和銀行三田支店の被告人名義の口座に入金されたもの、被告会社が他の業者と土地取得のために業務提携を行った関係で三和銀行三田支店の傳田邦子名義の口座に入金されたものなどをまとめて預手に組んだものである。

(4)  売却代金のうち、一六〇〇万円が昭和六一年一一月一〇日に住友銀行高輪支店の被告人名義の口座に入金され、その後同口座の被告人名義の借入金と併せて被告会社の口座に振替えられ、同年一二月九日に残金一億四四九〇万二五〇〇円が三和銀行三田支店の被告人名義の口座に入金されて同月一一日にそのうち一億四〇〇〇万円が被告会社の口座に振替られている。

(5)  被告人は、前記の日昇と被告人間の架空の売買契約書により仕入金額を水増しし、また、実際は三二一万八〇〇〇円の仲介手数料を支払っただけであるのに、四三八万円の支払手数料の領収書、二〇〇万円の架空造成費の領収書を用意し、北沢物件と併せて前記の所得税確定申告書を提出した。

本件取引につき、まず所論は、日昇はダミーではないと主張するけれども、日昇が仲介手数料しか得ていないことなど関係証拠によって認められる一連の取引経過からすると、日昇が被告人側において国母物件の取得価額を過大に計上するため用いられたダミーに過ぎないことは明らかである。

原判決は、国母物件の仕入資金や売却代金の移動の状況などが北沢物件の場合と同様であるところから、「他に特段の事情がない限り、国母物件は被告会社が買い受けたと認定すべきところ、被告人が被告会社から右買受資金を借り受けたことを窺わせる事情や契約書等の裏付書類は一切なく、また、契約時に被告人個人が買受人である旨の表示など特段の事情は全くない」と説示し、北沢物件とほぼ同様の理由により被告会社の取引であると結論付けている。しかしながら、先に検討したと同様の理由で右結論には疑問が残るといわざるを得ない。

なお、国母物件については、前記(5)のとおり、被告人個人名義に移転登記手続がされているところ、原判決は、被告人は、「被告会社の他の転売物件と同様に中間省略登記を考えていたが、売主の立石管工業に強く登記引取りを迫られたため、昭和六一年八月五日に至ってやむなく被告人個人名義に所有権移転登記手続を行」ったと認定している。しかしながら、当時、他の転売物件の中にも被告会社に登記を移転した上で転売しているものがあり(原審記録八-八九六)、被告人が右のように考えていたと断定することはできない。そして、たしかに被告人は、捜査段階において、「手続を済ませるよう迫られた」と供述しているけれども(乙七)、売主や仲介者ら本件取引に関与した者らがそのような供述をまったくしていないこと(甲五八から六二)に照らすと、原判決が認定するような売主側の強い要求によりやむなく登記手続をしたものとは認め難い。

また、国母物件の購入目的についての原審及び当審公判廷における被告人の供述は曖昧で一貫性がなく、必ずしも全面的に信用することはできず、原判決が認定するとおり当初から転売を目的としていたものという疑いが強いが、そうであるからといって被告会社の取引であるということに当然つながるものでないことは先に指摘したところである。

被告人は、被告会社が民事訴訟を提起されていたので、相手方からの仮差押を警戒して被告会社を避け、被告人個人名義としたと述べているところ、原判決は、「実体に即して被告会社が取引主体として表示できない事情を示すもので、却って被告会社が取引主体であると推認させる事情である」とする。たしかに、右のような評価も可能であるけれども、被告人の検察官に対する供述調書(乙七)によると前記(2)の移転登記手続の時点では民事訴訟も和解で解決済みであり右のような配慮をする必要がなくなっていたことが窺われるのであるから、それにもかかわらず被告人個人名義を選択したということは、被告人が個人の取引であると意識していたとも理解ができるのである。また、元被告会社の従業員であり本件取引に関与した瀧上正夫は、原審において、既に被告人及び被告会社との特段の利害関係がなくなった立場で、「被告人から(この取引は)、個人でやるんだけれど付いてきてくれと言われて付いて行った」旨明確に供述している(原審記録一五-二八)。こうした点に照らすと、原判決の右指摘も本件取引が被告会社の取引であると認定するに当たってさほど重要な意味を持つものではない。

以上の次第で、国母物件の取引を被告会社の取引であると断定することには合理的な疑いがあり、これを被告会社の取引であるとした原判決の認定は誤りであるといわざるを得ない。

第二預金利息に関する事実誤認の主張について

論旨は、要するに、三和銀行三田支店の被告人名義(口座番号《以下同じ》五五〇六六)、同栄信用金庫本店の被告人名義(五八五七三二)、住友銀行高輪支店の被告人名義(六五〇二五一)、同支店の野田定子名義(六五八九八二)、同栄信用金庫荏原支店の被告人名義(一三六二二)、大和銀行川崎支店の徳武良吉名義(六七一〇六六〇六)及び太陽神戸三井銀行長野支店の被告人名義(三二八〇五八三)の各普通預金口座並びに三和銀行三田支店の被告人名義の三口(三〇六四三六-〇〇一、同-〇〇二、二三四六二九九-〇〇一)及び住友銀行高輪支店の被告人名義の二口(一〇〇七四八、一〇一一八三)の各定期預金口座から発生した預金利息はいずれも被告会社に帰属しないのに、これが被告会社に帰属するとして被告会社の昭和六二年七月期及び昭和六三年七月期の各受取利息金額を認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

所論は、預金口座の帰属を考える際、名義人が実在する場合は特段の事情が存在しない限り名義人の口座と考えるべきところ、本件において被告会社が被告人名義などを借名しなければならないような事情はなかったという。

しかしながら、本件当時、実在する他人名であれ仮名であれ、複数の預金口座を設定することは容易にできたこと、本件において借名しなければならないような事情はなかったという所論にもかかわらず、現に、被告会社には借名口座であると自認している大和銀行川崎支店の浅野物産及び木村初雄各名義の口座や、当審段階で被告会社の口座であることにつき特に争わない三和銀行三田支店の傳田邦子名義及び協和銀行三田支店の有限会社志門名義の各口座などが存在すること、加えて、前記第一の一において指摘したように被告会社と被告人の間での金銭の貸借などの経理処理がきわめて杜撰であることなどからすると、口座の帰属を判定するに当たっては、被告人の納得できる説明がない限り、名義よりもむしろ入金された金員の性質を重視すべきである。

そこで、大蔵事務官作成の各報告書(甲七七、七九、八一、一〇二)、被告人の検察官に対する供述調書(乙一五)などの関係証拠により、以下、個々の預金口座について検討する。

一  普通預金について

(1)  三和銀行三田支店の被告人名義の口座(五五〇六六)について

当口座は、昭和六〇年六月一二日現金一万円の入金で設定されたものであるが、その後の入金は、被告人名義による銀行からの借入金、被告会社の取引先業者からの支払、被告会社所有不動産の中野六丁目物件、浅草三丁目物件、東上野五丁目物件及び等々力物件などの各売却代金、前記の国母物件の売却代金、右三和銀行三田支店の被告人名義の各定期預金の解約金、被告会社の口座からの振替、後記の株式取引口座からの株式売却代金などが混在し、出金については、被告人名義の借入金の返済、被告会社の口座への振替、定期預金の設定、カードによる支払、医療費の支払などであることが認められる。

このような入出金の状況について、原判決は、入金のほとんどが被告会社の売上収入等か被告人個人名義の借入によるものであり、後者も被告会社の事業のために用いられるものであって、いずれも直ちに被告会社の口座に出金され、その返済は被告会社からの入金によりされており、出金は一部個人支出とみられるものがあるが、そのほとんどが被告会社口座宛てか被告会社のためにされていると指摘し、右事実によると、当口座が被告会社の借名口座であると認めた被告人の捜査官に対する供述は信用でき、それに反し、これを否定する被告人の公判供述は、論拠に欠けて信用できないと結論付けている。これに対し、所論は、被告人個人名義による借入は、被告人個人の株式取引資金と被告会社の事業資金としてであって、前者が個人のものであることはもちろん後者についても被告人個人が被告会社にさらに貸付ける関係であるから、名実共に個人の資金であり、このような資金が入金になる当口座はその名義どおり被告人個人の口座であると主張する。

たしかに、融資が被告会社の事業に用いられるにしても、融資を実行した金融機関との関係において利息の支払及び返済などの債務者としての責任を負わなければならないのは、借入名義人である被告人個人である。しかしながら、借入金の入金とその後の会社資金としての出金の近接性や金額の対応性などからすると、被告人個人名義での借入金は、融資が実行されて口座に振込まれると同時に被告会社が事業上の必要に応じて何時でも使用できる状態になったものと認められるのであり、金融機関との関係では被告人個人が責任を負わなければならないものの、被告人個人と被告会社の間においては、当該借入金及びそれから生ずる預金利息は被告会社に帰属し、他方、被告会社が被告人個人に対して利息あるいは謝礼金を支払うという関係が成立したとみるのが合理的である。また、後記第三で指摘するように、株式取引資金としての借入についても被告人個人が被告会社に資金を融通したものとみて不自然ではないから、右の融資についても事業資金としての融通の場合と同様に考えられる。

そうすると、相当多額の被告人個人名義の借入金が入金されていることは、当口座が被告会社の借名口座であると認定することの妨げになるものではなく、また、個人使用と認められる各支出は、金額等からしていわば被告人個人による会社資金の一部流用に過ぎないとみて支障はない。その他所論にかんがみ検討しても当口座から発生した預金利息が被告会社に帰属するとした原判決の認定に誤りがあるとはいえない。

(2)  住友銀行高輪支店の被告人名義の口座(六五〇二五一)について

当口座は、昭和六一年九月三日、被告会社所有の浅草三丁目物件の売却代金の一部五〇〇〇万円の入金によって設定されたものであり、その後の入金をみると、被告会社の口座からの振替、前記北沢物件及び国母物件の売却代金の一部、被告人名義の銀行からの借入金などであり、出金については、ほとんどが被告会社の口座への振替、個人の利用の可能性の強いカードによる支払などであることが認められる。

右のように、当口座の入金は被告会社の取引であるとは断定できない北沢物件及び国母物件の売却代金の一部や被告人名義の銀行からの借入金が相当部分を占めているけれども、出金のほとんどが被告会社の口座への振替であることや、そもそも当口座は被告会社所有の浅草三丁目物件の売却代金の一部である五〇〇〇万円の入金によって開設されたものであることからすれば、当口座の性格は前記(1)の口座と同様であるとみるのが相当であるから、当口座から発生した預金利息が被告会社に帰属するとした原判決の認定に誤りがあるとはいえない。

(3)  同栄信用金庫本店の被告人名義の口座(五八五七三二)について

当口座は、昭和五一年九月三〇日に開設されているものの、昭和六〇年七月三一日以降は被告会社が所有するヒルトップ高輪四〇五号室の賃料を賃借人から振込入金させているのみであり、この賃料が被告会社に帰属することが明らかであるにもかかわらず、なおこれを被告人個人のものであるとすることについて被告人から納得のできる説明がないから、被告会社の借名口座とみるのが合理的である。たしかに、一部被告人個人のための支出があるが、これは被告会社資金の流用とみるのが自然であって、預金利息自体の帰属に影響を及ぼすものではない。したがって、当口座から発生した各預金利息が被告会社に帰属するとした原判決の認定に誤りはない。

(4)  住友銀行高輪支店の野田定子名義の口座(六五八九八二)について

当口座は、昭和六二年一月二三日に日興証券新橋支店の被告人名義の取引口座からの三六一八万五八〇〇円の入金によって開設されたものであり、出金のほとんどは住友銀行高輪支店の被告会社の口座への振替であり、その後の入金はほとんどなく、前記(2)の住友銀行高輪支店の被告人名義の口座に合計二五〇万円及び被告会社の顧問弁護士に二九〇万円が出金されているだけである。また、右高輪支店の被告人名義の口座から六〇〇〇万円の入金があり、直後に同口座に戻されている。このような状況からすれば、当口座の性格は日興証券新橋支店の被告人名義の取引口座による株式取引が誰に帰属するかによって決せられるべきところ、後記のように被告会社の取引であると認められるので、当口座は被告会社の借名口座であると認められる。したがって、当口座から発生した預金利息は被告会社に帰属するとした原判決の認定に誤りはない。

(5)  同栄信用金庫荏原支店の被告人名義の口座(一三六二二)について

当口座は、昭和五九年五月九日現金九八七万七〇〇〇円が入金されて開設されたものであるところ、原判決も指摘するとおり、開設以来被告会社関連の入金と推認されるものが多く、殊に、本件事業年度に近接するころの入金の状況をみると、昭和六〇年五月及び六月の被告会社所有の等々力物件や巣鴨一丁目物件の売却代金、被告会社の口座からの振替などであり、出金のほとんどは被告会社の口座への振替であると認められるから、一部被告人個人の支出もあるとはいえ、当口座は、(3)と同様の理由で被告会社の借名口座であると認められ、当口座から発生した預金利息が被告会社に帰属するとした原判決の認定に誤りはない。

(6)  大和銀行川崎支店の徳武良吉名義の口座(六七一〇六六〇六)について

徳武良吉は被告会社の従業員であり、被告人(ここでは株取引の主体であるかどうかは暫らく措く)の株式取引に当たり名義の使用を了承していたものであるところ、当口座は、後に検討する日興証券新橋支店の同人名義の取引口座の受皿として、昭和六三年一月二八日、現金一〇〇円を入金して開設されたものであり、右取引口座から数回入金があり、また、同口座に出金されているだけであることが認められる。したがって、当口座の性格は、むしろ株取引の帰属によって決せられるべきところ、後に検討するように徳武名義の取引も被告会社の取引であると認められ、また、当口座について、被告人及び弁護人は、当初帰属についての認否を留保して慎重に検討した上、原審第四回公判期日において、被告会社の口座であることを認めたという経緯があること(その後また否認に転じたとはいうものの)を併せ考えると、当口座は被告会社の借名口座であると認めるのが相当であるから、当口座から発生した預金利息が被告会社に帰属するとした原判決の認定に誤りはない。

(7)  太陽神戸三井銀行長野支店の被告人名義の口座(三二八〇五八三)について

当口座は、昭和六二年一二月一六日現金五〇〇〇円を入金して開設されたものであるが、入金の状況を見ると、被告会社所有の等々力物件の関連収入である三七三〇万円が入金され、うち三七〇〇万円が被告会社の借名口座であることに争いのない大和銀行川崎支店の木村初雄名義の口座に出金されるとともに一〇万円が別途出金され、それ以外に出入りがないことが認められるから、当口座は、(3)と同様に被告会社の借名口座であると認められ、当口座から発生した預金利息が被告会社に帰属するとした原判決の認定に誤りはない。

二  定期預金について

(1)  三和銀行三田支店の被告人名義の三口の口座(三〇六四三六-〇〇一、同〇〇二、二三四六二九九-〇〇一)について

まず、三〇六四三六-〇〇一の口座は、昭和六二年七月二〇日に設定された金額一億円、満期日同年八月二〇日のものであるが、その原資は、被告会社が代金の一部を支払済であった入間市所在の物件の売買契約が合意解約され、支払済の一億円と五〇〇万円の和解金を受領し、これを預金したものであること、同-〇〇二の口座は、〇〇一の満期により、同年八月二〇日に利息とともにいったん払戻しを受けた後、これを原資としてやはり一億円について同月二八日に設定された満期日同年九月二八日のもので、満期日に利息とともに再び払戻しを受けていること、二三四六二九九-〇〇一の口座は、昭和六二年一二月一四日に設定された金額一億円、満期日昭和六三年一月一四日のものであるが、その原資は、被告会社所有の等々力物件の売却代金のうちの一億円であり、満期に利息とともに払戻しを受けていること、これらの口座への入金、口座からの払戻などは、主に前記一の(1)の三和銀行三田支店の被告人名義の口座を通じて行なわれていることが認められる。このように、右定期預金の原資は被告会社の資金にほかならないから、それは被告会社の借名口座であり、これから発生した預金利息は被告会社に帰属すると認めるのが相当である。

これに対し被告人は、個人で株式取引をするために三和銀行三田支店に二億円の融資枠を設定してもらうため、その拘束預金として二億円の定期預金を設定したもので、被告人が被告会社から借入れていたものであると供述する。しかしながら、被告人の昭和六二年後半から翌年一月ころまでの三和銀行三田支店からの借入の状況は、九月九日六五〇〇万円、一〇月二三日一億二〇〇〇万円、翌年二月一八日一億三〇〇〇万円というものであり(原審記録一三-一八六六)、右三口の定期預金の設定、払戻の時期との関連性がまったく窺われないのであって、右供述は信用することができない。

したがって、三口の定期預金から発生した受取利息が被告会社に帰属するとした原判決の認定に誤りはない。

(2)  住友銀行高輪支店の被告人名義の口座(一〇〇七四八)について

当口座は、昭和六一年九月一九日に設定された金額五〇〇〇万円、満期日昭和六二年九月一九日のものであるが、その原資は、被告会社所有の浅草三丁目物件の売却代金の一部である五〇〇〇万円を前記の住友銀行高輪支店の被告人名義の普通預金口座を経由して振替えたものである。このように原資は被告会社の資金であるから、被告会社の借名口座であり、これから発生した預金利息は被告会社に帰属すると認めるのが相当である。

被告人は、住友銀行高輪支店に一億円の個人の融資枠を設定してもらうため、その拘束預金として定期預金を後記(3)と併せて合計一億円設定したもので、被告人が被告会社から借り入れていたものであると供述する。たしかに、前記(1)と異なり、当口座と被告人名義での同銀行からの借入との間の関連性を否定することはできないが、被告人個人の借入の目的が被告会社の運転資金の調達であったことからすれば、被告会社の資金を被告会社の資金のまま借入の担保に供することもあながち不自然ではない。

以上からすると、当口座は、被告会社の借名口座であり、これから発生した預金利息が被告会社に帰属するとした原判決の認定に誤りはない。

(3)  住友銀行高輪支店の被告人名義の口座(一〇一一八三)について

当口座は、昭和六一年一二月二六日に設定された金額五〇〇〇万円、満期日昭和六二年一二月二六日のものであるが、その原資は、前記第一の一の(5)のように北沢物件の売却代金の一部を振込んだものである。そして、北沢物件の取引が被告会社の取引であると断定できない以上、その売却代金を原資とする当口座も被告会社の借名口座であると断定することはできず、したがって、当口座から発生した昭和六三年七月期の預金利息一二二万二〇〇〇円は被告会社に帰属するものと認めることはできないから、これを被告会社に帰属するとした原判決の認定は誤りであるというほかはない。

第三有価証券売買益及び受取配当に関する事実誤認の主張について

論旨は、要するに、有価証券売買益及び受取配当につき、被告会社名義による取引以外のものはすべて被告人個人の取引によって生じたものであって、被告人個人に帰属するから、これらを被告会社に帰属するとして被告会社の昭和六二年七月期及び昭和六三年七月期の有価証券売買益及び受取配当金額を認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

被告会社名義以外の取引は、日興証券新橋支店、野村證券池袋支店及び東和証券五反田支店の被告人名義の各取引口座並びに日興証券新橋支店の徳武良吉名義の取引口座が利用されているところ、所論にかんがみ検討しても、これらの取引は被告人個人の取引ではなく被告会社の取引であると認められるから、その売買益及び受取配当が被告会社に帰属するとした原判決の認定は当裁判所も肯認することができる。

一  まず、大蔵事務官作成の報告書(甲八一)などの関係証拠によれば、次の事実が認められる。

日興証券新橋支店の被告人名義の取引口座については、原判決も指摘するとおり、購入資金の入金のほとんどが三和銀行三田支店及び住友銀行高輪支店の被告会社の預金口座(被告人も両口座が被告会社の口座であることを認めている)からであること、両口座から当口座へ出金する直近の入金も、一部には被告人名義の借入からの流入があるが、ほとんどは被告会社名義での金融機関からの借入及び被告会社所有の不動産の売却代金からであること(これに関連して、原判決は、被告人名義の借入金は被告会社に帰属すると認められる原判示補足説明の「第三の二の4の定期預金」《すなわち、住友銀行高輪支店の被告人名義の口座番号一〇〇七四八の金額五〇〇〇万円の定期預金》を解約して返済されている旨説示しているところ、所論は、右定期預金は解約されずに残っており、原判決の認定は誤りであると主張するが、「第三の二の3の定期預金など」《すなわち、前記のとおり被告会社に帰属すると認められる三和銀行三田支店の被告人名義の一億円の定期預金(二三四六二九九-〇〇一)》の誤記と認められる)、また、売却代金のほとんどは、直接あるいは間接に三和銀行三田支店及び住友銀行高輪支店の被告会社の口座へ出金されるか、そのまま信用取引の保証金に回されていることが認められる。

日興証券新橋支店の徳武良吉名義の取引口座については、入金は、被告会社の口座であることに争いのない大和銀行川崎支店の浅野物産株式会社名義及び木村初雄名義の各口座からのもの、大和銀行川崎支店の徳武良吉名義の口座からのもの、前記日興証券新橋支店の被告人名義の取引口座での売却代金の一部で三和銀行三田支店の被告人名義の口座及び被告会社の口座を経由したもの、先に検討し被告会社の口座と認められる三和銀行三田支店の被告人名義の一億円の定期預金(二三四六二九九-〇〇一)の解約金や本件徳武の取引口座自体からの直前の出金を原資とする三和銀行三田支店の被告人名義の口座からのもの、あるいは被告会社の資金を流用して運用し始めていた株式会社日本リゾートからのものであること、売却代金の出金は、三和銀行三田支店の被告人名義の口座へのものが一度あるほかは、三和銀行三田支店及び住友銀行高輪支店の被告会社の口座、大和銀行川崎支店の徳武良吉名義の口座であることが認められる。

また、野村證券池袋支店及び東和証券五反田支店の各被告人名義の取引口座は、入出金とも住友銀行高輪支店、三和銀行三田支店及び同栄信用金庫本店の各被告会社の口座であることが認められる。

二  以上のように、右四取引口座は相互に関連性を持ち、また、各取引口座の入出金は、そのほとんどが形式的にも、また、実質的にも被告会社との間においてされている。これに加え、被告人は、野村證券池袋支店の被告人名義の取引口座から昭和六三年三月七日住友銀行高輪支店の被告会社の口座に入金された株式売却代金及び同月一六日徳武良吉名義の取引口座から同じく右高輪支店の被告会社の口座に入金された株式売却益を原資として同月一〇日及び一五日に被告会社名義で購入された三井東圧化学株及び三菱瓦斯化学株の売却益が被告会社に帰属することについてまったく争わず、これとその余の取引との実質的な相違について何ら説得力のある説明がないこと、売買報告書等の株式取引関係の書類のほとんどは被告人の自宅からではなく被告会社の本社事務所から押収されていることなどからすると、右四取引口座による有価証券の取引から生じた売買益及び受取配当はすべて被告会社に帰属するものと認めるのが相当である。

所論は、被告人名義の他に徳武良吉名義を利用した理由について、被告人個人の所得税法上の株式取引の回数制限を免れるためであり、それ故に、被告人名義の取引口座は昭和六二年一一月五日まで利用され、その後翌年の二月一七日までの間使用を止めていたのであり、このことは、各取引口座が被告人個人の口座であることの証左であるという。しかしながら、関係証拠によると、被告人名義の取引口座を利用した昭和六二年中の取引は、一月一九日の関西電力株三万株の売り、一〇月二一日の関西電力株一〇万株及び東京ガス株一〇〇〇株の買い、同月三〇日の関西電力株一〇万株の売りに過ぎず、本件当時の所得税法上の非課税限度枠までには相当の余裕があったことが認められるのであり、当時の徳武名義の取引口座での取引内容と対比してみても、また、その後昭和六三年二月以降同年中に被告人名義の三取引口座においてきわめて頻繁かつ活発な取引がされていることと対比してみても、被告人個人としての取引なるが故に所得税法上の課税を免れるために行われた処理とは認めることはできない。

所論は、また、被告人個人で株式取引をするため、三和銀行三田支店に二億円の融資枠を設定して貰い、個人で借入れて注ぎ込んでいたのであり、原資はほとんど個人の資金であるという。たしかに被告人個人での借入れが購入資金に回されているけれども、先に認定した四取引口座を利用しての取引全体の実態からすると、北沢物件や国母物件の購入時の被告人個人による会社資金の流用と逆に個人の資金を被告会社において流用したものとみて不自然ではない。

なお、被告人は、個人名義で融資を受けた資金を被告会社の口座に振替え、小切手で前示の各取引口座に入金している点につき、会社の小切手を借用する方が便利であったからであり、そのほかに特に意味はない旨供述するけれども、前記第一の不動産の取引のように契約関係者が一堂に会して関係書類や代金の授受を行う場合などとは異なり、もし真実被告人個人の取引であるとするならば、敢えて被告会社名義の口座を利用して小切手化しなくともきわめて容易に振込手続をすることができるはずであり、右弁解も不自然であるというほかはない。

その他所論にかんがみ検討しても、被告人名義及び徳武良吉名義の合計四口の取引口座を利用した株式取引が被告会社の取引であると認めることの妨げとなる事由はなく、したがって、これらの取引から生じた売買益及び受取配当が被告会社に帰属するとした原判決の認定に事実の誤認はない。

第四結論

以上のとおり、原判決が、北沢物件及び国母物件が被告会社の取引であると認定した点、北沢物件の売却代金の一部を原資とする住友銀行高輪支店の被告人名義の定期預金口座(一〇一一八三)から発生した預金利息が被告会社に帰属すると認定した点について、原判決には事実の誤認があり、この点の論旨は理由がある。その余の点については原判決の認定に事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

その結果、原判決添付の別紙1修正損益計算書中の不動産売上高、期首商品棚卸高、仕入高、仲介手数料、受取利息などの各勘定科目、別紙3の修正損益計算書中の受取利息及び事業税認定損などの各勘定科目の金額に変動が生じ、ひいては各事業年度の実際所得金額及び昭和六二年七月期の課税土地譲渡利益金額に変動を生じることとなるから、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというべきである。よって、その余の控訴趣意(量刑不当の主張)についての判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条により被告人両名に対する原判決を破棄し、右の金額の整理、計算等に関連してなお審理を尽くさせるため(なお、被告人個人名義での借入は、当該融資元の銀行との関係では被告会社の借入であると断定することができないので、原判決添付の別紙修正損益計算書1及び3の各支払利息の金額の減額について検察官において検討する余地もある)、同法四〇〇条本文により本件を原裁判所である東京地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 森眞樹 裁判官 中野久利)

平成六年(う)第七一四号

控訴趣意書

被告人 株式会社伝田工務店

被告人 傳田博

右被告人らに対する法人税法違反被告事件について、弁護人らは次の通り控訴趣意書を提出する。

平成六年七月一二日

右弁護人 稲山惠久

竹内俊文

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり、破棄を免れない。

一、原判決は、北沢物件の取引が被告人個人の取引であるにも拘わらず、被告会社の取引であると認定し、右取引に伴う所得をほ脱所得の計算に含めている点に於いて、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある。以下、その理由を述べる。

1.原判決は、売買契約が成立したと言えるためにはその取引主体が確定していることか必要であり、後日取引主体を決定するということは背理であるとの立場から、契約時に、被告会社の資金を以て買受代金に充てている以上、特段の事情のない限り被告会社による買受を認定すべきであると判示している。

しかしながら、被告会社の如く被告人が一〇〇パーセント株式を保有している個人会社の場合には、契約時点に於いて個人又は会社のいずれかを当事者と決めていても、後日税理士等と相談のうえ、購入目的・資金調達の都合・税金処理等諸般の問題を考慮していずれを取引主体とする方が有利かという観点から当事者の変更を行うことも充分あり得ることである。

本件取引に於いて、被告人は契約時点に於いては第一次的には自宅用地として個人で取得することを企図していたが、調査の結果によっては開発の可能性もあり、その場合は被告会社として行った方が好都合であると考えて、取り敢えず買主欄を白紙のまま契約することにより物件を確保することを優先し、購入代金についても一時的に会社資金を流用したが、その後の調査の結果、自宅用地としては適地と言えず開発の可能性もないことが判ったので、個人として取得したうえ、第三者に転売するという方法を最終的に選択したものである(被告人の公判廷に於ける供述)。

被告人は、個人としての取引として処理することが確定した時点に於いて、一時的に会社より借用した金八、〇五〇万円についても、被告人個人に於いて、三和銀行三田支店から昭和六二年一〇月一三日に金三、〇〇〇万円、同月一六日に金五〇〇万円と金五、〇〇〇万円の合計金八、五〇〇万円の借入れを受け、同月一六日、内金八、二〇〇万円を被告会社名義の住友銀行高輪支店の普通預金口座に振込むという方法で、被告会社に対する借入金の返済をなしている(被告人の陳述書、公判廷に於ける供述、金内松一作成の平成五年一〇月二〇日付報告書)。前述の如き個人会社としての特殊性に経理処理上の杜撰さも加わり、借入とその返済については契約書等の書類が作成されることとはならなかったが、右の事実は、まさに、原判決の言う「被告人が被告会社から右買受資金を借り受けたことを窺わせる事情」にあたると言うべきである。

2.次に、原判決は、北沢物件の売上金の使途も右物件の取引が被告会社の取引であることの根拠となる旨判示しているが、本件の売上金については、内金三、七八〇万円は被告人個人の住友銀行高輪支店の普通預金口座に入金されたうえ、そこから樋川勝に対する本件取引の仲介手数料金一五〇万円の支払や個人カードによる小口出金(合計金二五五万円)等がなされ、残金五、〇〇〇万円については、同銀行同支店の被告人個人の定期預金として、国税局による査察が行われた平成二年三月まで継続保有されており(金内松一作成の平成五年九月二日付報告書)、一部被告会社の運転資金等に利用された部分が存するものの、少なくとも全体の六割以上が被告人個人のものとして使用されていることは明白であり、右のような本件売上金の使途は、本物件の取引が被告会社ではなく被告人個人のものであることを物語るものと言うべきである。

3.又、原判決は、北沢物件は被告会社が転売利益を求めて買付けに入ったものであると判示しているが、被告人及び証人滝上正夫の当公判廷に於ける供述、田代福恵の検察官に対する供述調書により明らかな如く、本物件についての取引は、右滝上が被告会社の担当社員として担当し、被告会社及び東急不動産が仲介に入ろうとした第一回目の取引と、右取引が流れてしまった後で被告人個人の自宅購入を目的として話が進められ成約に至った二回目の取引との二つに分かれており、右滝上は二回目の取引には全く関与していないのである。被告人が捜査段階より一貫として供述している如く、被告人は自宅購入を主たる目的として本物件の取引を行おうとしたものであり、本取引は当初より転売を目的としたものではなかったと言うべきである。被告人が本物件の買受けと同時に売却先を捜したとする原判決の判示を裏付ける証拠は一切存しない。

4.原判決は又、被告人が契約書の買主欄を白地のまま転売して売上利益を秘匿しようとしていたものと判示する。前述の如く、被告人は契約当事者を個人とするか被告会社とするかの点についての確定的結論が出ていなかったため、契約書の買主欄を白地にしたまま契約を締結したが、遅くとも昭和六二年一〇月二四日に本物件について今井忠義と売買契約を結んだ時点までに、本物件について個人として取引を行うことが確定していた。契約書の偽造、水増し領収証の作成等被告人個人として支払うべき税金を少しでも安くしようとしてなした工作は責められても巳むを得ないが、右のような行為が存在したとしても、それは、本物件の取引が個人ではなく会社としての取引であることの証左とは到底なり得ないものと言うべきである。

5.原判決は、北沢物件の取引主体を被告会社であると認めた被告人の捜査官に対する供述は充分信用できると判示するが、被告人の右捜査段階における供述(平成四年九月一五日付検面調書〔乙五〕)は、被告人の陳述書の内容及び公判廷における供述と、<1>自宅を建てようと思って土地を購入したこと、<2>そのために住宅ローンの利用を考えたこと、<3>購入後の物件調査の結果、自宅を建てる場所としては適当でないので転売することにしたこと、<4>自宅用地としての購入であったため個人名としたこと等の各点において概ね一致しており、取引主体についての結論部分だけが違っているに過ぎない。捜査段階に於ける被告人の供述に於いては、被告人個人名で契約書が作成され、所得税の確定申告もなされているにも拘わらず、「実質的に伝田工務店の取引でした」とする根拠は何ら具体的に示されていない。被告人の右供述は、個人としての取引を一切認めず、全ての取引は被告会社のものであるとする捜査官の立場からの結論を一方的に押しつけられたものであり、信用性を欠くものと言うべきである。

6.以上の理由により、本物件の取引は被告会社の取引ではなく、被告人個人の取引と判断すべきであり、原判決は事実誤認により破棄を免れない。

二、原判決は、国母物件の取引が被告人個人の取引であるにも拘わらず、被告会社の取引であると認定し、右取引に伴う所得をほ脱所得の計算に含めている点に於いて、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある。以下、その理由を述べる。

1.原判決は、国母物件の買主が株式会社日昇ではないことは明らかであり、売買契約成立時に取引主体が確定されていることが必要であるから、買受資金が被告会社の資金であることが認められる以上、特段事情がない限り被告会社が買受けたと認定すべきであると判示している。

しかしながら、日昇は、原判決判示の如く当初からダミーとして登場したものではなく、原間井昭三の検察官に対する供述調書に記載されている如く「うちが国母物件を買うから。」(同四丁)と言って登場して来たものであり、被告人に対し「客を見つけて転売するので資金を提供してくれないか」と資金提供を申し出、被告人は従来の同社との取引上の協力関係も考慮して、仮に、日昇による土地転売がうまく行かない場合には、被告人個人の資産として取引しても良いと考えて、権利証を預かるという条件で右申し出に応じたものである(被告人の陳述書四丁)。

原審公判廷に証人として出廷した日昇の専務宝福由秀は、日昇が買主となった経緯をはっきり記憶していないとの曖昧かつ不自然な供述に終始しているが、本件物件についての取引が東京での取引であるにも拘わらず手付金・中間金の合計金一億円を甲府信用金庫湯村支店の日昇の口座にわざわざ送金し、それを右宝福が取引の場に持参したという事実も、被告人の日昇に対する貸金と考えることによって初めて説明がつくものと言うべきである。

本件物件については、日昇による転売という当初の予定がうまく行かなくなったため、被告人個人が本件物件を資産用として取得することとなり、昭和六一年八月五日、本物件についての所有権移転登記手続を経由したが、右時点に於いては井上智佳子との訴訟事件も既に和解により解決しており、被告会社の名義により本物件を取得することについての支障は存しなかったが、被告人は、個人資産として取得するという当初からの予定に従い、被告人個人に対する所有権移転登記が行なわれたのである(被告人の陳述書及び公判廷に於ける供述)。

前述の如く、被告会社は被告人が一〇〇パーセント株式を有する個人会社であるという事情もあって、取引の当事者を被告会社とするか、被告人個人とするかは、被告人個人の選択に委ねられている側面が大きいことは、公判廷に証人として出廷した被告会社の元社員滝上正夫が「国母物件は最初から個人の仕事と社長が言っていました。」「あくまで個人でやるからということで、私自身はヘルプといった受け取り方をしていました」と供述している通りである。

本件取引に於いて、被告人は、個人資産が何もなく、銀行等からの借入れの際にも不都合であったため、個人としての資産取得を考えたものであり、当初、個人としての資金がなく、銀行から個人としての融資枠も受けていなかったことから、取り敢えず当初の一億円については被告会社が三和銀行三田支店より借り受けた金を被告人個人が又借りし、残金についても一部会社からの借入金を充てるという形で資金調達を行なったに過ぎず、右会社からの借入金については後日、本件土地の売却代金より返済を行なっている。以上のような資金の流れに、本件取引において個人名義で所有権移転登記がなされ、確定申告も行なわれていることを考えると、本件取引においては、被告会社の取引ではなく被告人個人の取引と認定すべき特段の事情があると言うべきである。

2.原判決は、又、国母物件の売上金について結局被告会社の当座預金口座に入金され、被告会社の仕入資金や借入金の返済に充てられていることを以て、右物件の取引が被告会社のものであると判示しているが、本物件の売買代金についてはいずれも被告人個人の住友銀行高輪支店、三和銀行三田支店の普通預金口座に入金されたうえ、被告人個人の被告会社からの借入金の返済等に充てられている(被告人の陳述書、公判廷における供述、金内松一作成の平成五年九月二日付報告書)ものであり、右判示は個人会社である被告会社に於ける会社と代表者個人との相互の複雑な資金上の貸借関係を無視した失当なものと言うべきである。

3.又、原判決は、本件取引が当初から転売目的の一時的保有であり、中間省略登記を予定していたところ、売主の立石管工業からの登記引取請求により被告人個人名義に移転登記手続がなされたが、右事実を以て本物件の買受けの主体が被告人個人であるとすることはできない旨判示しているが、前述の如く、当初は日昇に対する資金の提供として金銭が支出され、続いて被告人が個人の資産として本物件を取得することとなったものであって、初めから転売を目的とするものでなかったことは、被告人が公判廷に於いて供述する通りであるし、被告人が当初より中間省略登記を予定しており、売主である立石管工業からの登記引取請求により被告人個人への移転登記手続を経由したとする原判決の判示は、いずれも何ら具体的な証拠に基づかないものであって、到底是認し得ないものである。

三、原判決は、預金の帰属について、被告人個人に属するものを、被告会社の預金と認定した点において、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある。

1.普通預金の帰属について

原判決は、三和銀行三田支店の被告人名義(五五〇六六))、同栄信用金庫本店の被告人名義(五八五七三二)、住友銀行高輪支店の被告人名義(六五〇二五一)及び野田定子名義(六五八九八二)、同栄信用金庫荏原支店の被告人名義(一三六二二)、大和銀行川崎支店の徳武良吉名義(六七一〇六六〇六)、太陽神戸三井銀行長野支店の被告人名義(三二八〇五八三)の各普通預金口座は全て被告会社の借名口座と認定するが、右は事実誤認である。

弁護人らは、弁論要旨の中で、預金口座の帰属を考える際、名義人が実在する場合は、特段の事情が存在しない限り名義人の口座と考えるべきであり、本件に於いて被告会社が被告人個人の口座を借名しなければならない特段の事情は存在しないと主張した。

原判決は、預金の各口座の入金及び出金の内容から預金の帰属について判断を加えているかのようであるが、以下に述べる通りの問題点がある。

(一) 三和銀行三田支店の被告人名義口座(五五〇六六)について

原判決は、「当口座の入金は、ほとんどが被告会社の売上収入等か被告人個人名義の借入によるものであり、後者も会社事業のために用いられるもの」と認定しているが、この認定は事実に反する。

被告人個人名義の借入がなされ、これが被告会社の口座に出金されていることは争いのない事実である。原判決は、このことを形式的にのみとらえて当口座が被告会社の借名口座であるとの判断を下しているが、この認定は誤っている。弁護人らが指摘するように、何故被告人個人名義の借入金から被告会社の口座への出金が行なわれたかという意図を問題としなければならないのであり、その為には、被告人個人名義の借入金の使途にまで踏み込まなくてはならない。

右借入金の使途は、大別すると、株式購入資金と、不動産購入等の為の会社への融資金の二種類となる。株取引については、被告人はその動機・性格及び規模から個人の取引と考えて行なっており、会社の取引としては行なっていない。ただ株取引の資金調達については個人の借入を主としていたが、現金に変わる安全且つ迅速な支払方法として、会社の手形・小切手による入金という方法をとっていた。この為に会社の取引との誤解を受けるに至った面もあるが、その取引主体は、あくまで名義の通りに被告人個人である。また、徳武良吉名義の取引も資金調達及び株の売買に関しては全て被告人が行なっているのであり、被告人個人の借名取引であった(被告人の陳述書、公判廷に於ける供述)。

このような前提で当口座の取引をみると、

<1> 昭和六二年一〇月二六日、被告人個人名義の借入金一億一八七〇万四四三九円の入金と同日、ほぼ同額の金一億一八八〇万二四〇〇万円の日興証券新橋支店の被告人個人名義口座への出金

<2> 同年一一月五日、日興証券新橋支店の被告人個人名義口座よりの金一億一七三八万七五〇〇円の入金

<3> 同年一一月一〇日、金一億一三〇九万六九五〇円の被告会社当座預金への入金と、日興証券新橋支店の徳武良吉名義口座への同金額の入金

<4> 昭和六三年二月四日、日興証券新橋支店の徳武良吉名義口座からの金五〇一七万九八八八円の入金

<5> 同月二二日、被告人個人名義借入金一億三〇〇〇万円の入金

<6> 同月二四日の金七〇一〇万円、被告会社当座預金に出金され、これが日興証券新橋支店の被告人個人名義の口座に入金

<7> 翌二五日、金五七〇〇万円が被告会社当座預金に入金され、同日同口座より、金一億五六一二万三七〇〇円を日興証券新橋支店の被告人名義口座に入金

<8> 同年三月二三日、日興証券新橋支店の被告人個人名義口座からの金四九五万九〇四六円の入金

<9> 同年五月二三日の金一億三〇〇〇万円の被告人個人名義の借入金と同年五月二三日の被告人個人名義の借入金の返済

等、いずれも被告人個人の株取引に関する入出金であり、これらの取引は実質的に考えても被告人個人の入出金と見るべきものである(山田昭夫作成の平成五年一二月一四日付報告書)。これに原判決も被告人個人の出金と認定しているクレジットカードの支払及び医療費の支払等を加えると、当口座の大半の入出金は被告人個人の取引の為のものであり、当口座は被告人個人の口座と考えるのが相当である。しかも被告会社の借名口座と考える特段の理由は何ら見い出せない。

よって原判決が、当口座を被告会社の借名口座であるとした事実認定は、事実誤認と言うべきである。

(二) 住友銀行高輪支店の被告人名義口座(六五〇二五一)について

当口座の取引の内容を見るに、

<1> 昭和六一年一〇月二四日、北沢物件の売上金の一部金二〇〇〇万円の入金

<2> 同年一一月一〇日、国母物件の売上金の一部金一六〇〇万円の入金

<3> 同年一二月二六日、北沢物件売上金の一部金一七八〇万円の入金

はいずれも被告人個人の不動産取引に関わる入金である。

<4> 同年一一月一二日、被告人個人名義の借入金三五〇〇万円の入金

<5> 日興証券新橋支店の被告人名義の口座からの出金により開設された野田定子口座からの昭和六一年三月二三日の金二〇〇万円の入金、同年四月三〇日の金三五五万円の入金

<6> 三和銀行三田支店の被告人名義口座からの同年五月一二日金二九五〇万円の入金

<7> 同年一一月一九日、被告人個人名義借入金として金六〇〇〇万円入金、同日同額を野田定子口座に出金、同年一二月二四日に当口座に返金、同日金六〇〇〇万円の借入金返済に充てたこと(山田昭夫作成の前記報告書)

以上の取引は、いずれも被告人個人の取引と認定されるべきものである。それに原判決も被告人個人の利用と認定する取引を加えると、被告人が主張する通り、被告人の個人口座と認定するのが相当である。

(三) 大和銀行川崎支店の徳武良吉名義(六七一〇六〇六)について

当口座は、山田昭夫作成の前記報告書記載の入出金状況から、日興証券徳武良吉名義の口座からの受口座として設置されたものであることが読みとれ、被告人も第一三回公判に於いて、右口座は、被告人が株取引の口座とするため借名した旨述べている。後述するように、徳武良吉名義の株取引が被告人の借名取引である以上、当口座も被告人の借名口座と言うべきである。

(四) 住友銀行高輪支店の野田定子名義口座(六五八九八二)について

当口座は、被告人が被告人の義母の名義を借名したものであり、被告人個人の株取引の利益を入れる為に設立されたものである。原判決は日興証券新橋支店の被告人名義の口座は、被告会社の借名口座と認定するが、後述する如く、株取引が被告人個人の取引である以上、同口座が名義通り被告人個人の口座であることは明白である。

2.定期預金の帰属について

三和銀行三田支店の被告人名義口座(三〇六四三六-〇〇一)、三和銀行三田支店の被告人名義口座(三〇六四三六-〇〇二)、三和銀行三田支店の被告人名義口座(二三四六二九九-〇〇一)、住友銀行高輪支店の被告人名義口座(一〇〇七四八)、住友銀行高輪支店の被告人名義口座(一〇一一八三)について、いずれも被告会社の口座と認定するが右は事実を誤認したものである。

原判決は、認定の理由として、いずれも各口座は拘束預金であったとの事情はうかがわれないとする。

被告人の陳述書によれば、三和銀行三田支店で株取引の為、二億円の融資の枠を設定して貰ったとのことである。三和銀行三田支店の定期預金額は二億円であり、拘束預金としたものであることは、金額の上からも容易に推定される。

また、住友銀行高輪支店においても一億円の個人融資枠があり、山田昭夫作成の前記報告書によれば、現に被告人は昭和六二年三月一九日、九〇〇〇万円の貸付を受けており、右事実から右定期預金が拘束預金であることが容易に推定される。

また、住友銀行高輪支店の被告人名義口座(一〇一一八三)は、その金の出所も、被告人の個人取引と主張する北沢物件の代金である。

以上の点から、原判決が右定期預金を被告会社の口座と認定したのは事実誤認と言うべきである。

四、原判決は、受取配当及び有価証券売買益につき、被告人名義による取引も全て被告会社の取引であると認定しているが、右は判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認である。

被告人の陳述書及び公判廷での供述によると、

<1> 株取引開始の動機が個人の趣味的なものとして始められたこと

<2> 株取引の口座は最初から個人名であること

<3> 株取引を本格化したのは昭和六二年一〇月、三和銀行三田支店で二億円の個人融資枠の設定を受けた以降であること

<4> 株購入資金の支払方法として、会社の小切手を借用する方法をとったこと

が各明らかである。

1.日興証券新橋支店の被告人名義の口座の取引について

原判決は、「昭和六二年一〇月二六日(原判決は昭和六三年とするが昭和六二年の誤り)被告人個人名義借入として三和銀行三田支店の被告人名義口座から入金された一億一八八〇万一九〇〇円は、同年一一月五日、右口座に返金された後、被告会社当座預金口座に出金され」たとのみ認定するが、山田昭夫作成の平成五年一二月一四日付報告書によると、右金員は昭和六二年一一月九日、日興証券新橋支店の徳武良吉名義の口座の開設資金にされている。また、原判決は、「右被告人個人名義借入金は、被告会社に帰属すると認められる前記第三の二4の定期預金から返済されている。」と認定するが、右定期預金(住友銀行高輪支店被告人名義口座一〇〇七四八)は、山田昭夫作成の前記報告書一二四頁にある如く、平成二年一月一七日まで継続されて存続しているのであり、全くの事実誤認である。

原判決は、更に、「その余の入金は全て被告会社からのものである。」と認定するが、被告人が被告会社の小切手による支払方法を採る以上当然のことであり、入金資金の実質的出所を問題にしなければならない。

入金に関して、昭和六三年二月一九日の金四四七三万三三七二円は、日興証券新橋支店徳武良吉名義口座よりの金であり、昭和六三年二月二二日の金七七七一万一六〇〇円も三和銀行三田支店の被告人個人名義の預金からであり、昭和六三年二月二四日の金一億五六一二万三七〇〇円は、三和銀行三田支店の被告人個人名義の口座からである。

出金に関しても、一〇回の出金のうち六回は被告会社宛と認定するが、入金に関し被告会社の口座を借用して行なうのであるから、出金に関しても、小切手の取立は会社の口座から行なうという方法を採るのは当然であり、このことをもって、被告会社の収入と認定することは出来ない。

以上の株取引の経緯・内容に鑑みれば、当口座は被告人個人の口座と認定すべきである。

2.日興証券新橋支店の徳武良吉名義口座の取引について

原判決は、当口座の入金につき、

<1> 「昭和六二年一一月九日の金一億一三〇九万六九五〇円は、前記一のとおり被告会社の借名口座と認められる日興証券新橋支店の被告人名義口座から出金した」ので、被告会社の金であると認定する。

しかし、先に述べたように、日興証券新橋支店の被告人名義口座は、名義通りに被告人個人の口座であり、被告人が行なった株取引により得た金員が入金されたものである。

<2> 次に、「昭和六二年一二月一四日の二九三〇万二一〇〇円の入金は被告会社の口座であることを被告人が自認している大和銀行川崎支店の浅野物産株式会社名義の普通預金口座のものである。」から、被告会社の金であると認定する。

しかし、山田昭夫作成の前記報告書によると、この金員は三和銀行三田支店の被告人個人名義の普通預金口座からの金三〇〇〇万円の入金から出されているものであり、実質的に被告人個人の金員である。

<3> 更に、「昭和六三年二月一日の八〇三六万二五〇〇円の入金は、被告会社の借名口座と認められる前記第三の一7の大和銀行川崎支店の徳武良吉名義口座からのものである。」から会社の金とする。しかし、右口座が、被告人が個人の株取引をするための借名口座であることは先に述べた通りである。

<4> 又、「同月八日の二八五八万六二〇〇円の入金は、当口座から前記第三の一1の三和銀行三田支店の被告人個人名義の口座に入金した五〇一七万九八八八円の一部が還流されたもの及び被告会社口座と認められる前記第三の二3の定期預金からのものである。」と認定する。

しかし、山田昭夫作成の前記報告書二二九頁によると、二月六日に被告人個人名義の借入金の返済として金一億二〇〇〇万円の支出があることから、当口座の金を還流させただけのものであると認定すべきであり、この資金も被告会社のものではないことは明白である。

原判決は更に、当口座の出金につき

<1> 「昭和六三年一月二九日の六二九二万七九〇〇円は、被告会社の借名口座と認められる前記第三の一7の大和銀行川崎支店の徳武良吉名義の口座に出金されている。」とするが、右の徳武の口座は、被告人個人の株取引の為、徳武良吉名義の当口座の受皿として設定されたものであり、同様に被告人個人の借名口座である。

<2> 「同年二月四日の五〇一七万九八八八円は、前記第三の一1の三和銀行三田支店の被告人名義の口座を経て、同行の被告会社口座に四〇〇〇万円が出金され、同日、一二〇〇万円が被告人個人名義借入の返済のため出金されているが、右借入金は、被告会社当座預金に振り替えた借入金である。」と認定する。

しかし、山田昭夫作成の前記報告書三頁によると、被告会社口座に出金されたのは金四〇〇万円であり、被告個人名義の借入金返済の為に出金されたのは金一億二〇〇〇万円である。右借入金は被告人個人の株取引の為に被告会社当座預金に振替えられたものであり、右の出金が、被告人個人の為に使用されていることは明白である。当口座の、同月一九日出金の金五二二一万五一〇〇円は、三和銀行三田支店の被告会社当座預金口座に入れられ、同日日興証券新橋支店の被告人個人口座に金四四七三万三三七二円を入金している。

又、同年三月一六日の出金四四四八万五〇〇〇円は、住友銀行高輪支店被告会社当座預金口座を経て野村証券池袋支店の被告人名義口座に出金されている。このことは、野村証券池袋支店の被告人個人名義の口座も被告人個人の口座であることを意味している。

次に、当口座の性格であるが、被告人の公判廷における供述及び山田昭夫作成の前記報告書二、三頁をみると、日興証券新橋支店の被告人個人名義の口座は、昭和六二年一一月五日まで利用され、同口座の金一億一三〇九万六九五〇円が日興証券新橋支店の徳武良吉名義の口座に移され、右徳武名義の取引が始まった。以後昭和六三年二月一七日までの間、日興証券新橋支店の被告人個人名義の口座の使用は全くない。昭和六三年二月一九日以降再び被告人名義の口座が使用されるが、同日の取引資金は日興証券新橋支店の徳武良吉名義の口座より入金の金五二二一万五一〇〇円によって賄われている。右の事実関係は、被告人が公判廷で初めて主張した、日興証券新橋支店徳武良吉名義の口座は被告人個人の株取引の回数制限を免れる為に借名口座を設定したものであることを証明するものである。

以上のような出入金の内容、及び口座設定の動機から考え、当口座が被告人個人の借名口座であることは明白である。

第二、量刑不当の主張について

原判決は、被告会社に対し罰金一億円、被告人に対し懲役一年八月の実刑判決を言い渡したが、右判決は、以下に述べる諸情状に照らして重きに失するものであり、被告人らに対し、より寛刑に処すると共に、被告人個人に対しては、今回限り執行猶予付の判決を下すべきものと思料されるので、量刑不当により破棄を免れない。

一、不動産取引・株取引等について個人の取引であると主張する被告人らの主張について

被告人らは、前述の如く不動産取引・株取引等の一部について被告会社の取引ではなく被告人個人の取引であると主張しているが、右主張は、原判決判示の如く被告会社の所得隠匿を図ってしているものではない。

被告人らの取引の帰属主体についての主張の内容は、既に事実誤認についての主張の中で述べた通りであるが、仮に百歩譲って、右主張が認められないとの判断がなされるとしても、被告人は、被告会社が自ら一〇〇パーセント株主である個人会社であるところから、自己の判断基準に従って、個人としての取引と会社としての取引を区別して行なっていたものであり、被告会社の社員らにおいても、取引主体が会社か個人かについては、被告人の指示に従うことに何の疑問も有していなかった(被告人の陳述書、同人及び証人滝上正夫の公判廷に於ける供述)。

被告人が一〇〇パーセント株主であるという事情や、被告会社の経理体制がきちんと確立していなかったという事情もあって、被告人個人と被告会社との貸借関係の処理が極めてルーズであったため、貸付及び返済の都度きちんとした形で書類等が作成されていなかったという問題はあるが、右のような事情に鑑みると、被告人が、個人の名で行なった取引行為を全て被告会社の取引と決めつけることが妥当であるかどうか極めて疑問である。

仮にこれら取引の帰属について争いのある取引の主体が全て被告人個人であると認められたとしても被告会社の脱税額が大きく変わるわけでもないのに、被告人があくまで個人としての取引であるとの主張を維持しているのは、被告人がこれらの取引を個人としての取引として行なっているという意識を持っているからに他ならず、被告人個人としての資産形成のための活動を一切認めずに、全てを被告会社の借名であると決めつける国税当局や検察官の主張にどうしても納得がいかないからである。

以上のように考えると、被告人のかかる主張を以て、原判決が、個人としての取引に仮装することによって会社としての所得隠匿を図るものであるとするのは全くの誤りであると言うべきである。

二、本件事件の背景と被告人の脱税の態様について

本件事件は、不動産の価格高騰という時代的背景と、被告会社の事業体制、被告人自身の行動様式等が複雑に絡み合って発生した事件であり、被告人の悪性の度合は原判決が指摘するほど高いものではないと言うべきである。

本件事件当時、不動産業界は、適当な物件さえ手に入れれば放っておいてもどんどん利益が上がっていくという情勢下にあり、被告人としては、このような風潮の下において、人手不足もあって逐々目先の利益を追いかけるために取引優先の形で動くようになってしまった。

特に、被告会社は、本来的には等価交換形式によるマンション等の建設を主たる事業目的とした会社であり、港区高輪のヒルトップ高輪や世田谷区等々力の物件の取引に見られるように、地権者その他関係人との利害調整や法的紛争の処理等に、長い期間と膨大な手間等を要し、経費等の処理についても単年度で処理し切れない側面もあった。そのため、殆ど被告人一人が切り盛りする個人会社であるという事情も手伝って、被告会社に於いては経理体制の確立が二の次となってしまったのである(被告人の陳述書、公判廷に於ける供述)。

もちろん、このような被告人の納税に対する安易な考え方は決して是認されるものではないし、被告人が、個人に帰属するものとして申告した部分を除いて一切の申告をせず、脱税率一〇〇パーセントに近い無申告ほ脱犯であったという点は非難されても巳むを得ないが、架空伝票や水増し伝票の作成状況を見ると、被告人が最後まで一切の申告をしないつもりであったかどうかは疑問であり、被告会社の体制や被告人自身のルーズさが、バブルによる価格高謄と相俟ってこのように重大な結果を生ぜしめてしまったものと思われる。

以上のように考えると、被告会社の脱税の態様は、比較的単純な手口によるものと言うべきありその悪性と計画性の度合はそれほど高くないものと言うことができる。

三、被告会社の納税について

被告会社は、起訴の対象となった昭和六二年度及び六三年度の法人税本税の内金二億七一八万二八〇〇円と全体の五割以上の納税を行ない(納付書・領収書七通)、残りの税金についても鋭意支払を準備中である。

バブルの崩壊による不動産価格の急落もあり、被告人自身の努力にも拘わらず本税分を完納することも未だ困難な状態が続いているが、納税の財源を作るためには被告人自身が債権者である銀行等と話し合いをつけることによって不動産を処分するしかない状況にある。

四、被告人の家族及び被告会社の状況について

被告人は、前述の如く、特にこれと言った個人資産も持っていず、被告人個人の借入或いは被告会社の借入の保証として多額の債務を負担している。被告人の二人の息子は各々社会人としてのスタートを切ったばかりで、自分のことで手一杯の状態にあり、妻と高齢の義母を抱えた被告人が一家の大黒柱であることに変わりはない。

又、被告会社及び関連会社である株式会社日本リゾートは実質上被告人一人により切り盛りされている。

以上のような立場にある被告人が収監されるような事態になれば、被告人の家庭が根底から破壊されるとともに、被告会社も実質上崩壊し、従業員らが路頭に迷うことは避けられないし、債権者らに対しても多大の迷惑をかけることになると懸念される(被告人及び傳田邦子作成の各陳述書、被告人及び証人傳田邦子の公判廷における供述)。

五、被告人の反省と再犯の可能性について

被告人の従来の税金についての考え方が極めて安易なものであり、それが前述の如く様々な要因と結びつくことによって今回の事件を引き起こしたことは非難されても巳むを得ないし、事件発覚後に被告人が行なった隠蔽工作についても、たとえ追い込まれてそうしたものであったにせよ大変遺憾と言わざるを得ない。

しかしながら、被告人も、公判の手続を通して、遅れ馳せながら自らの税金に対するこれまでの安易な考え方を深く反省して、二度と同じような過ちを犯さないことを誓うに至っている。

被告人の妻傳田邦子も、原審公判廷において、これまでと違って夫婦が向き合う姿勢で何でも話し合うことにより、被告人に二度と同じような過ちを起こさせないよう注意していくことを誓っている。今回の件について二人の息子達に厳しく批判されたことも被告人にとって大きなショックであったに相違ない(被告人及び傳田邦子作成の各陳述書、被告人及び傳田邦子の公判廷に於ける供述)。

このような被告人自身の反省と家族の支えとによって、被告人が二度と同じような過ちを繰り返さないことを弁護人らは確信するものである。

六、被告人らの前科

被告人及び被告会社には、今回の事件に至るまで、前科と呼ばれるものは何もない。

七、結び

弁護人らは、貴裁判所が、以上述べた被告人らにとって有利若しくは考慮されるべきと思料される諸情状について、十分に斟酌をされ、原判決を破棄され、被告人らに対し、刑の減軽をされるとともに、被告人傳田に対し、今回限り執行猶予付きの判決を下されることを切望する。

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